2014年6月14日土曜日

上高地,志賀高原,辰野町のゲンジボタル:その駆除を巡って


私は視聴しなかったが,TBSの番組「噂の東京マガジン」で,上高地の外来ゲンジボタルと志賀高原のゲンジボタルについて報道したらしい。

上高地 夏の風物詩 ホタルを駆除?

この報道をきっかけに,上高地ゲンジボタルは駆除で,志賀高原ゲンジボタルは保護というのは,おかしいという主張が,ネット上に現れている。

その主張の趣旨は,以下のようなものである。

上高地ゲンジボタルは2000年以降に移入されたが,志賀高原ゲンジボタルは明治時代以前に移入された可能性がある。この時間差が,上高地は駆除,志賀高原は保護という差につながっている,という考えである。

しかしながら,この主張は,長野県のゲンジボタルの系統に関して,正確な学術研究情報に基づいているとは言えない。

もしかすると,「噂の!東京マガジン」の番組作りで,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異について,十分に取材していなかった可能性もある。テレビ朝日サンデースクランブルや同じTBSの番組でも,「ひるおび!」や「Nスタ」は,私のところに電話やメールで取材があったが,「噂!の東京マガジンン」からは,少なくと私には何の問い合わせもなかった。これは情報番組ではなく,娯楽番組であるためなのかもしれないが,中途半端な取材で言いたい放題,という姿勢はやめてほしい。

環境省・自然環境局・生物多様性センター,あるいは,長野県環境保全研究所に,きちんと取材すれば,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異に関して説明してくれる,あるいは,その文献や研究者などを紹介してくれるはずである。噂の東京マガジンは,これをやらなかったのかもしれない。

福井工業大学の草桶秀夫,長野ホタルの会会長の三石暉弥,そして私(井口豊,生物科学研究所)の研究グループは,長野県内ほぼ全域に渡り,30ヶ所以上のゲンジボタルDNAを調べてきた。いわば,長野県はゲンジボタル詳細研究のメッカと言える。

外来ゲンジボタルの生態的悪影響が初めて国際的な生態保全誌に掲載されたのも,辰野町の例が最初だった。

Iguchi Y (2009)
The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae)
Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

長野県内のゲンジボタルのミトコンドリアDNAは, ハプロタイプ (haplotype)に基づいて,大きく3タイプに分かれると言ってよい。しかし,そのうちの一つが,本来,長野県には存在しない北陸・関西を中心とするタイプなのである(次の図1参照)。

北陸関西と長野県のゲンジボタルのDNA3タイプ
図1.北陸関西と長野県のゲンジボタルのDNA3タイプ
特に,上高地,志賀高原,辰野町松尾峡に注目
この図は,以下の論文に基づいて作成された。

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007)
人工移入によるゲンジボタルの地域個体群の遺伝的構造への影響.
全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010)
遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法
全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

特に注意してほしいのが,上高地,志賀高原,辰野町松尾峡のDNAタイプである。

志賀高原のゲンジボタルは,県内に広く分布する,いわば長野県在来種であるのに対し,上高地と松尾峡のゲンジボタルは,本来,県内に存在しないDNAタイプを持つ遺伝的外来種(genetically non-native species)なのである。

もちろん,志賀高原のゲンジボタルも,平地(低地)から持ち込まれた可能性までは否定できない。

しかし,県内のゲンジボタルの遺伝子構成を考えると,上高地や松尾峡ゲンジボタルは極めて異質であり,それが在来型に悪影響を与える個体群であることは,上記のIguchi (2009)に示された通りである。

吉川ら(2001)の詳細なDNA研究により,志賀高原ゲンジボタルDNAハプロタイプ(haplotype)OK1は,志賀高原の周辺地域である長野市 松代,芋井,下水内郡 栄村と共通であることも判明している。

吉川貴浩・井出幸介・窪田康男・中村好宏・武部寛・草桶秀夫(2001)
ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの種内変異と分子系統
日本昆虫学会誌 昆蟲ニューシリーズ,4(4): 117-127.

すなわち,志賀高原ゲンジボタルが長野県在来種であることは,そこが2008年に国天然記念物に指定される段階で分かっていたことである。

上高地ゲンジボタルの駆除を語るとき,私たちが研究してきた,このような長野県内ゲンジボタルの生態的および遺伝的多様性に留意することが重要なのである。

上高地ゲンジボタルの駆除の是非を問題にするなら,問うべきは,志賀高原との比較でなく,外来種であることを隠して有料でホタル見学をさせる辰野町との比較なのである。

辰野町の問題点は,以下のブログ参照:

長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの

長野県が2011年に作成した長野県生物多様性概況報告書にも,辰野町の外来ゲンジボタルについて,
辰野町に移入されたゲンジボタルは在来の集団を駆逐し、この地域特性を攪乱しているとの指摘がある」(p.55–56)
と書かれているのである。

県の報告書に書かれた外来ホタル養殖地を扱わず,志賀高原を云々するなど,何らの作為があったのではないのか。辰野ほたる祭りの開催に配慮したのではないか,と勘ぐってしまう。

テレビ番組の内容を要約したサイトに
05/18 13:24 (TBSテレビ[噂の東京マガジン])
上高地・夏の風物詩ホタルを駆除?
というのがあった。

これによると,
ゲンジボタル(辰野町役場提供)
となっている。画像か動画でも辰野町役場から提供されたのだろうか?もしそうなら,単に,この番組も辰野町の外来種隠しに加担しているに過ぎない。

次の論文p.33には,志賀高原ゲンジボタルが自然発生である,と結論されている

木村和裕・日和佳政・草桶秀夫(2013)
ゲンジボタルの遺伝子解析による人為的放流か自然発生かの判別法
全国ホタル研究会誌 46: 29-41.

さらに,次の図2に示すように,志賀高原ゲンジボタルの発光周期は,長野市飯綱高原のそれに類似し,西日本型ゲンジボタルの外来種を養殖する辰野町松尾峡とは明らかに異なる。

志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期
図2.志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期

この図2は,次の論文から引用された。

井口豊 (2008)
中部地方におけるゲンジボタルの明滅周期について
全国ホタル研究会誌 41: 43-45.

以上の問題に関しては,辰野町と上高地の移入ホタル問題のページも参照。

全国ホタル研究会では,ホタル類の移入に関して指針を定めているので,それも参照してほしい。
ホタル類等,生物集団の新規・追加移植および環境改変に関する指針

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2014年6月14日以降の追記

辰野町のホタルに関しては,そこから新潟県魚沼市に移出されたことも分かっている。
参照:大月ホタルの里(新潟県南魚沼市): 辰野町から外来種ホタルを移入

松尾峡の外来種ゲンジボタルと鴻ノ田の在来種(天然)ゲンジボタルの比較動画が,fukuokadonax氏によって,YouTubeに投稿れている。鴻ノ田は,朝日新聞・田中洋一記者が,辰野の外来種ホタル問題を記事に取り上げた際,現地取材した在来種ゲンジボタル生息地でもある。

参照ページ
ノーテンキな朝日新聞記者のつぶやき

上高地の外来種ゲンジボタル駆除を巡っては,2014年8月17日に,テレビ朝日・サンデースクランブル美しいホタルを駆除へ・夏の風物詩に何がで,やや詳しく報道された。この番組に,私も出演しコメントしたが,駆除するにしても,しないにしても,他の生物への影響に十分注意すべきである。

なお,この番組関連では,マジで!?【夏の風物詩】ホタルを駆除する話があるらしい,というウェブページの内容も興味深い。Twitterでの反応も掲載されている。

辰野町が,松尾峡の観光用ゲンジボタルを購入したのは,図1に示したとおり,滋賀県・守山市である。2015年10月10日に,守山市ほたるの森資料館で行なわれた環境学習会に,私が講師として招かれ講演してきた。

辰野のホタル 町おこしと保護の課題 - 滋賀県守山市・環境学習会

移入ゲンジボタルの影響で,松尾峡の在来ゲンジボタルが絶滅してしまったこと,その移入ゲンジボタルを増殖させ,辰野町から県外へ移出も行なっていることなどを解説すると,講演後に,出席者から興味と驚きを持った多くの質問が投げかけられた。