2014年1月26日日曜日

協働的学びの場としてのワークショップにおける対話支援に関する研究(水上聡子)を巡って


協働的学びの場としてのワークショップにおける対話支援に関する研究
水上聡子
(福井大学大学院工学研究科システム設計工学専攻・学位論文[博士(工学)])

まちづくりの人材育成のために,ワークショップ(workshop)を開催するとき,その有用性を検証した博士論文である。今後,工学系を目指す高校生にも学んでもらいたい分野でもある。

これは工学博士の学位論文である。一般的には,工学と聞くと,「物作りの分野」というイメージが強いかもしれない。しかし,これは工学分野でも「人づくり」に貢献できることを実証した優れた論文である。

また,これは対話を対象にした室内研究と捉えられるかもしれない。しかし,私はフィールドワークの一種だと思っている。人の意識が移り行く原野を,水上氏は訪ね歩いたのである。

なお,この学位研究の動機を知るには,その先行研究としては,水上ほか(2012)も参考になる。

今回の学位研究では,市民がワークショップを通じて,「学びの形態」と「学びの営み」を展開し,その結果として,彼らが主体的行動変化を生み出すと考えた。ここで言う「学びの形態」とは,自分,周囲,講師との対話であり,「学びの営み」とは,共存,内省,物語,傾聴,分ち合い,承認である,と定義づけられた。

それを検証するために,ワークショップの前後での自己評価スコアを分析したのである。

学びの営みの中で,物語という項目があるが,これは,p.20表2に書かれたように,「自分の体験に基づいて,自分の考えを語ること」である。この意味で,storyと言うより,narrativeと言ったほうが良いかもしれない。

話が脇道にそれるが,この物語(narrative)が,住民参加による政策決定おいて,重要な要素であることを指摘した論文としては,例えば,藤井ほか(2013)がある。

物語と聞いて,ふと,レヴィ・ストロースの名前が思い浮かんだが,やはりあった。上記の著者のひとり,藤井による論考があった(藤井ほか,2011)。なお,藤井らによる,これらの研究もまた工学系の論文として発表されていることにも注目したい。

また,水上氏と私との間で,南方熊楠の話題が出たことがあった。そのとき,南方が研究において対話を重視した,と鶴見和子(1981)が述べている,と私が指摘したら,水上氏は驚かれた。鶴見氏は,水上氏の母校・津田塾大学の出身だと言うのである。津田塾大学では,対話重視の教育が行われてきたのだろうか,と思わず推測してしまった。

話を戻そう。

水上氏の研究においては,様々なデータが多角的に分析された。その過程で,私もいくつかの助言を水上氏に与えた。私は分析のヒントや計算方法を与えたに過ぎず,分析自体は水上氏が実行したのであるが,論文終わりp.112に,丁重な謝辞を頂き,私は今でも恐縮している。

この分析結果の中で,私自身が非常に興味を覚えたものがある。それがクラスター分析であった。

この研究では,ワークショップを通じて,参加者の意識や行動がどのように変化したかを,参加者自らが評価した。水上は,その結果を集計するだけでなく,多様な観点から統計学的に分析したのである。

このとき問題となったのが,学びの営みの6つの行為において,どれとどれが関連するだろうか,ということであった。

水上氏に対して,私はクラスター分析を提案した。すると,p.63の図3に示されたように,項目間で,興味深いペアが出来上がった。


「共存」と「承認する」
「内省」と「承認される」
「傾聴(全体)」と「分かち合い」
「物語(ペア)」と「傾聴(ペア)」


前2者の結果について,「承認する,される」という反対向きのベクトルが,「共存と内省」という要素に結びついたとは,おそらく参加者自身も気が付かなかったと思う。

また,「全体での傾聴」が「分かち合い」と結びつき,「ペアでの物語と傾聴」が結びついたことも明確に示された。

おそらく,ワークショップに参加することの意義を分析した研究で,このようなクラスター分析を実施した例は少ないであろう。クラスター分析では,距離の定義やクラスターの束ね方に,いくつかの方法がある。したがって,クラスター分析の適用には注意が必要だが,そのことがまた,思いがけない結果を生む利点ともなっている。

ワークショップ参加の効用を測るのに,個別の項目の分析だけでなく,複数項目間の関連性を探ることで,参加者本人も気づかないと思われる学習経験を表出させることが可能となる。ワークショップ開催者も,単純にアンケートを取り,集計するだけでなく,水上氏の研究のような分析を是非試みていって欲しいものである。


参考文献

藤井聡・長谷川大貴・中野剛志・羽鳥剛史(2011)
「物語」に関わる人文社会科学の系譜とその公共政策的意義
土木学会論文集F5, 67(1): 35-45.

川端祐一郎・藤井聡(2013)
ナラティブ型コミュニケーションの性質と公共政策におけるその活用可能性の研究
土木計画学研究・講演集,47.

水上聡子・粟原知子・桜井 康宏(2012)
ワークショップにおける内発的動機づけプログラムに関する研究
日本建築学会技術報告集,18 (38): 381-386.

水上聡子・桜井 康宏(2013)
協働的学びの場としてのワークショップにおける対話支援に関する研究-内発的動機づけに着目して-
日本建築学会計画系論文集,78 (685): 735-744.

鶴見和子(1981)
南方熊楠
講談社学術文庫

2014年1月14日火曜日

コクワガタの論文が医学論文扱い?


コクワガタ Dorcus rectus が形態学的に3型(trimorphismであることを明らかにした私の論文

Y. Iguchi (2013)
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Coleoptera: Lucanidae)
European Journal of Entomology, 110: 159-163.

この論文が,HighBeam Researchというサイトで,医学関係の論文のように扱われていると最近知って仰天した。
Medical News Article on Entomology
Studies Conducted by Y. Iguchi et al on Entomology Recently Reported
しかも
originating from Nagano, Japan
となっていて,わざわざ日本の長野発のニュースであると書いているのには,二重にびっくり。

私としては医学や薬学の研究に役立つと思って書いたつもりはないのだが,なぜ Medical News なのだろうか?しかも,著者が, Y. Iguchi et al となっていて,複数著者であることを示しているが,実際には,私ひとりの単独著者である。

この論文の取り上げ方に関しては,他にもびっくりしたことがある。それは,科学技術総合リンクセンター J-GLOBAL に書かれたタイトルの翻訳である。
クワガタムシ,Dorcus rectus(甲虫類:クワガタムシ科)における雄下顎骨三様変態
下顎骨三様変態とは,なんともスゴイ名称ではないか。まるで医学(解剖学)論文並みである。

たぶん機械翻訳だろうが,もう少しクワガタムシの形態らしい翻訳は出来なかったかと思う。ただし,ここで私が翻訳すると,かえって混乱を招く恐れもあるので,やめておく。

このような例をネット上で見るにつけ,正式な学術論文を書いても,自分の意図とは異なる取り上げられ方をすることがある,と改めて思った。

余談だが,コクワガタの属名は,今ではオオクワガタと同じ Dorcus が用いられるのが普通である。しかし以前は, Macrodorcas が用いられることもあった。

実際,かなり前に「月刊むし」に書いた論文

井口豊 (1994) コクワガタの寿命について. 月刊むし, 280: 26.

この英文タイトル

The life span of of Macrodorcas rectus (Motschulsky)

このように, Macrodorcas を用いている。

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関連ウエブページ

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された?


2014年1月8日水曜日

ゲンジボタル3型の存在を明記した長野県の生物多様性の解説


長野県環境部自然保護課がまとめた長野県の生物多様性ウェブページに,県内におけるゲンジボタルの生態的(明滅周期の)3型(東日本型,西日本型,中間型)の存在が明確に記された。

ページ上から1/4付近の遺伝子の多様性という部分に,下記のように,はっきりと書かれている。

長野県中南部に、この中間型である3秒に1回発光するタイプが存在することが確認されました。

都道府県レベルで,ゲンジボタル3型の生息を明記した生物多様性の解説は少ない。

しかし当然と言えば,当然である。ゲンジボタル3型がいずれも存在することは珍しく,しかも辰野町松尾峡のように,2秒型が観光用に大量移入養殖された状態で存在するから,3型が混在するのである。

長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの

冒頭の長野県の生物多様性解説については,実は,私の研究結果が大いに利用された。長野県環境保全研究所発行の長野県生物多様性概況報告書に,Iguchi (2009)Iguchi (2010)として引用されたのがそれである。本文では,p.26, 38, 56の文献番号 94, 95がそれに当たる。

前者は,辰野町松尾峡における移入外来ゲンジボタルの繁殖を遺伝的・生態的に明らかにした研究であり,後者は,フォッサマグナ地域におけるゲンジボタル3型の存在を回帰分析によって明らかにした研究である。

ゲンジボタルについて触れた生物多様性関連の都道府県や市町村の報告書は珍しくない。しかし,自らの自治体内で学術的研究が行われて,3型という多様性が明記された例は少ないものと思われる。

ゲンジボタル 3 型と地形地質との関連については,私の研究室ウェブ解説も参照。

ゲンジボタルの地理的変異と地質学的事件の関連

参考文献
Iguchi Y. (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

Iguchi Y (2010) Temperature-dependent geographic variation in the flashes of the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Journal of Natural History, 44: 861-867.