2014年11月17日月曜日

アキアカネ,諏訪湖へ下る:高ボッチの蝶,活断層,草競馬の話題も含めて

アキアカネ,諏訪湖へ下る:高ボッチの蝶,活断層,草競馬の話題も含めて

2014 年 10 月 24 日午後 4 時,私の研究所近くで,アキアカネ Sympetrum frequens のオス発見。見事な赤トンボである。

毎年,秋になると,岡谷市上空を飛ぶアキアカネの群が見られる。少なくともその一部は,夏に高ボッチ山(標高 1665 m,下の地図を参照)付近で過ごし,秋になると諏訪湖方面へ向けて下りてくる個体群のようである。ただし,これは私の研究所の予備調査段階での話であり,詳細かつ十分なデータは未だ得られていない。

高ボッチ山は,八ヶ岳中信高原国定公園に属し,県内有数の夜景の名所としても知られる。また,毎年 8 月に競馬大会が開催される場所でもある。

地質学的には,国内第一級の活断層と称される牛伏寺断層を南に延長すると高ボッチ山の西麓付近に至る。

昆虫学的には,高ボッチ山は,アキアカネ生息地としてよりも,チョウの一種ヒメヒカゲ Coenonympha oedippus の生息地として有名な場所である。ただし,高ボッチを含む岡谷市・塩尻市のヒメヒカゲは,地域個体群として,長野県希少野生動植物保護条例により,希少野生動植物に指定されている。

岡谷市の塩嶺地域の活断層に関しては,以下のページ参照。

トンボ関連のページ

2014年6月18日水曜日

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された

コクワガタ3型に関する私の論文

Iguchi (2013)
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Coleoptera: Lucanidae)
European Journal of Entomology, 110: 159-163.

これが,チェコ・プラハのカレル大学の学生卒論に引用されていた。

原題:
Mechanismy sexuální selekce u listorohých brouků se zaměřením na podčeleď Scarabaeinae (Coleoptera: Scarabaeoidea)

英文タイトル:
Sexual selection in Scarab beetles with empahsis to the subfamily Scarabaeinae (Coleoptera: Scarabaeoidea)

著者:
Kateřina Kněnická

この p.30 である。ただし,本文がチェコ語のため,私も正確には読めないのが難点である。

少し驚いたのは,自分としては,形態学的な研究 (morphological study) をやったつもりなのだが,性選択 (sexual selection) の卒論に引用されていたことである。しかも,主要結果のグラフではなく,コクワガタの大顎の変異を示した次の写真が,そのまま引用されていた。

Mandible trimorphism in the stag beetle
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Iguchi, 2013)

いずれにしても,学生に引用されたのは,ベテラン研究者に引用されるより嬉しい。コガネムシ科(family Scarabaeidae)を勉強する上で基礎的文献とみなされた(と自分では思う)からである。

ただし,このコクワガタ論文が掲載された雑誌 European Journal of Entomology がチェコで発行されている雑誌なので,引用しやすかったのかもしれない。

なおこの論文は,ロジスティック回帰 (logistic regression) とセグメント回帰 (segmented regression) を使った最適統計モデルを,AIC (赤池情報量規準 AIC, Akaike's Information Criterion) で探索したものである。

AIC は,故・赤池弘次が残した情報理論に関する,日本が世界に誇る業績である。しかしながら,大学の授業で統計学を学んだ学生でも, AIC の理論や用法,さらには赤池のことを知らない人も多い。

統計数理研究所のウェブサイトには,赤池弘次の業績を紹介した赤池記念館がある。大学の統計学の授業でも,赤池のことに是非触れて欲しいものだ。 2006 年に第 22 回京都賞を受賞したときの赤池のメッセージが YouTube に残されている。

このコクワガタ論文では,オス大顎 3 型の分類に関して,写真 (a), (b), (c) の形態的分類とセグメント回帰による 3 直線フィットの分類の一致度を調べた。その際, Fleiss カッパ係数 (Fleiss’ kappa statistic k) が使われた (Fleiss, 1971)。その結果は, κ=0.81 で,両者の分類が,非常に良い一致を見ることが判明した。

Cohen カッパ係数と Fleiss カッパ係数の違いや,その意味するものについては,以下の論文に詳しく解説されている。

統計解析を用いた信頼性の評価 1
倉持龍彦・對馬栄輝・下井俊典・井口豊・宮田賢宏・大塚紹・大友学・若狭伸尚・村野勇・米津太志・角田恒和
医工学治療 30 (2): 73-77. (2018)

なお,「セグメント回帰」を「折れ線回帰」と呼ぶ場合があるが,これは必ずしも正しくない。不連続で断片的な直線として表される場合が存在するからである。コクワガタの例がそれである。

セグメント回帰は,私が統計解析を指導した松延祥平さん(当時,筑波大学修士院生)の研究でも使われ,優れた結果が専門誌に掲載された。

Matsunobu S. and Sasakura Y.
Time course for tail regression during metamorphosis of the ascidian Ciona intestinalis
Developmental biology, 405(1), 71-81.

その論文 Fig 4D がセグメント回帰である。

セグメント回帰に関しては,以下のページも参照。

そこでは,私自身の最近の研究と,私が統計データ解析を協力した島田さんの研究,ともに樹木選定 (tree pruning) に関する論文を扱った。

Iguchi, Y. (2024)
Change Point Analysis to Detect the Effect of Pruning Severity on Tree Growth
Open Journal of Forestry 14: 67-73.

Shimada, H. (2023)
Effects of Pruning Types on Tree Vigor of Bamboo-Leaf Oak Inferred from Allometric Analysis
American Journal of Plant Sciences, 14, 1430-1438.

放送大学「統計学」(藤井良宜)は,初歩的な科目ではあるが,第 1 回から,いきなり AIC を解説し,赤池弘次氏が京都賞を受賞したことにも触れている。放送大学の講義内容には感心するものが多い。

参考文献
Fleiss J.L. (1971)
Measuring nominal scale agreement among many raters
Psychol. Bull. 76: 378–382.

このコクワガタの 3 型論文は,ザトウムシ(harvestmen)の一種 Pantopsalis cheliferoides の 3 型を研究した以下の論文に引用された。

Painting et. al (2015)
Multiple exaggerated weapon morphs: a novel form of male polymorphism in harvestmen
Scientific reports, 5.

日本では,動物の 3 型の研究が,まだまだ進んでいない。これは,多型と言えば 2 型,という先入観があるためかもしれない。日本のカブトムシの 型に関しても,以前,私が報告した。

Iguchi Y (2000)
Male trimorphism in the horned beetle Allomyrina dichotoma septentrionalis (Coleoptera, Scarabaeidae)
Kogane, 1: 21-23.

Iguchi Y (2002)
Further evidence of male trimorphism in the horned beetle Trypoxylus dichotomus septentrionalis (Coleoptera, Scarabaeidae)
Special Bulletin of the Japanese Society of Coleopterology, 5: 319-322.

前者は,以下の論文に引用された。コガネムシ研究会発行の雑誌 Kogane で,海外の研究者に引用された最初の論文かもしれない。

Rowland, J. M. and Emlen, D. J. (2009)
Two thresholds, three male forms result in facultative male trimorphism in beetles
Science, 323: 773-776.

日本のカブトムシの 3 型が,どのような状況で出現するのか,行動的な違いが見られるのか,などの研究も進んでいない。

2014年2月4日火曜日