2010年8月12日木曜日

生物多様性保全の観点から移入種の扱いを考える---瀬戸口論文を読んで---


瀬戸口明久(2002)の「なぜ移入種は排除されなければならないのか?― 紹介:ポーリー「アメリカの生態学的独立をめぐる対立」(生物学史研究,69: 41-51)は,生物多様性保全の観点から移入種の問題を研究している人々あるいは移入種問題に興味を持っている人々に,読むことを薦めたい論文である。

この論文で結論として述べられている
  • 生態的リスクと社会にもたらす影響の両方を評価する
  • 自然保護の方針は,専門家と市民との対話を通じて決定されていくべき
という意見には,私も全く同意するし, 長野県辰野町で県外から移入したゲンジボタルを大量養殖し,在来ゲンジボタルを絶滅に追いやってしまった辰野町役場 に対し私が訴えていることでもある(井口豊 2010, 長野県辰野町における移入ゲンジボタルについて.全国ホタル研究会誌 43: 23-26)。 

生物多様性保全に関心を持つ人々には実際に読んで,移入種への対応を考えてもらいたい。

なお,辰野町における外来種ホタル移入の生態的な悪影響,および,それに対する行政の怠慢(欺瞞?)に関しては,以下の私のブログやウェブページに詳しく解説されている。

辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ

長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの


2010年8月2日月曜日

辰野町における移入ホタル大量養殖問題


追記

辰野町における外来種ホタル移入養殖の歴史的経緯や生態系破壊の状況,および,町役場や議会の対応,矢ヶ崎克彦・前町長や加島範久・現町長の態度に関しては,以下のページにまとめられている。

辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ
長野県辰野のホタル再考:観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの


第43回全国ホタル研究会全国大会での黒田大三郎氏の講演内容や,研究者による発表内容を受けて,長野県の辰野町役場が松尾峡で移入ゲンジボタルを大量養殖している問題が更新されました。


主な更新点は,

  • 辰野町が国内最大の移入ゲンジボタル養殖地であること
  • 松尾峡にいるゲンジボタルが,すっかり関西系集団になってしまったこと
  • 下流へ移入ゲンジボタルが拡散していること
  • 養殖を役場が公共事業として行っていること
  • これらが生物多様性条約や生物多様性基本法に反する行為であること
  • 牛越徹(うしこし・とおる)長野県大町市市長のコメント
を載せたことです。
辰野町での移入ホタル問題には,何人もの方々からコメント頂きましたが,牛越氏のコメントは,生物多様性基本法との関連で参考になると思います。牛越さん,ありがとうございました。

以下に,生物多様性保全の点から見た,辰野町松尾峡における移入ホタル大量養殖の問題点と役場に対する提言を示しました。


1.はじめに

新聞などマスコミの報道で既にご存知の方もいると思うが,長野県辰野町松尾峡(上の地図参照)では,移入ホタルの大量養殖が問題となっている。ここは,1926年に「ホタル発生地」として,長野県天然記念物に指定され,さらに,1960年に再指定された。ところがその後,1960年代に,膨大な数のゲンジボタルが他県からの購入や譲渡によって繰り返し放流された。

下図は,私や福井工業大学の草桶秀夫教授グループが,松尾峡のゲンジボタルを,その上流3kmの岡谷市,辰野に残っている自然発生地,関西のゲンジボタルのそれぞれと発光周期や遺伝子を比べた研究結果である。移入ゲンジボタルは在来(つまり,松尾峡に本来住んでいた)ゲンジボタルに壊滅的打撃を与え,松尾峡には,すっかり在来ゲンジボタルがいなくなったことが分かってきた。

このような移入種問題では,通常,遺伝的汚染(あるいは遺伝子汚染)と呼ばれる外来種と在来種の交雑が問題になる。しかし松尾峡では,これまで分かっている限り交雑は起きておらず,関西系の移入ゲンジボタルばかりが増えている結果となっている。この点は,今年2010年に志賀高原(長野県山ノ内町)で開催された全国ホタル研究会で,福井工業大学の草桶秀夫教授の研究グループが発表した(日和佳政ほか 2010,全国ホタル研究会誌 40: 27-32)。

 

第43回全国ホタル研究会全国大会(2010年,長野県志賀高原)の筆者発表のデータ


辰野町の移入ゲンジボタル養殖に関しては,以下のような問題点が挙げられる。
  1. 2010年時点で,国内最大の移入ゲンジボタル養殖地であることが判明している。
  2. 松尾峡下流への移入ゲンジボタルの拡散が確認されているが,なお増殖を図っている。
  3. 辰野町の下流地域には多くの自然のゲンジボタル生息地がある。
  4. 町役場が公共事業としてやっている。
これらの点を考慮すると,辰野町松尾峡は,国内で最も大きな問題を抱えた移入ゲンジボタル養殖地であると言える。

私や草桶氏は,移入ホタル問題に関して、批判的なことばかり言っているだけでは何の進展もないと考えている。それで,私自身として,どのような対策が可能かという提言を辰野町役場におこなってきた。前述のように,移入の事実やその影響については,一部マスコミに報じられたが,提言については全く報じられていないため,以下に概要を記す。

2.提言

(1) 移入ゲンジボタルが、移入地である松尾峡から、どの程度拡散しているか調べ,定期的に記録に残す。

これは辰野町に限らず、またホタルに限らず、生態系の変化を歴史に残すという意味で重要なことである。
このような生態調査は,ゲンジボタル保護や利用の現状(祭も含めて)を変えるものではないので,実施しようと思えばできるはずである。

(2) 個体数を増やさない。

最近の松尾峡におけるゲンジボタルの延べ発生数は年10万匹くらいだが、これを3倍に増やす計画がある。しかし、増やせば増やすほど、他地域に移入ゲンジボタルが拡散する速さも数も増すものと考えられる。

辰野町内では既に,松尾峡下流地域に移入ゲンジボタルが拡散していることが判明している(日和佳政・草桶秀夫,未公表DNA資料)。

また,辰野町は天竜川最上流部に近く,下流地域には多くの自然のゲンジボタル生息地がある(三石暉弥 1990,ゲンジボタル.信濃毎日新聞社)。それゆえ,松尾峡における大量の移入ゲンジボタル養殖は,将来これら生息地に大きな被害を及ぼす恐れがある。

したがって、最低限でも今より増やさない、さらに、出来るだけ個体数を減らし、どの程度まで減らしても観光に影響しないかアセスメントを行う。

(3) 移入ゲンジボタルを最終的にどうするか検討する。

2008年7月28日の読売新聞夕刊ネイチャー面(13面)には,移入ゲンジボタルが問題となっている(あるいは,なっていた)地域として,辰野とともに,八王子の創価大学蛍桜保存会のホタルが取り上げられた。そして,蛍桜保存会では,移入ゲンジボタルを付近の在来ゲンジボタルに完全に取り替えた(本来の集団に戻した)ことが紹介された。

この方法は,まさに「昔見たホタルの復活」という利点があるものの,当然のことながら,何年かはホタルがほとんど出現しない状態が続く。この様子は,この読売新聞記事に詳しく載っているので,読んで頂きたい。

蛍桜保存会の取り組みは稀有な例だが,「移入してしまったホタルをどうするか」という事例まで追いかけたのは,少なくとも私の知る限り,この読売の記事しかない。他の例をご存知の方は,是非私に連絡して下さい。

松尾峡の場合,上述のように,延べ10万匹という大量のゲンジボタルが毎年発生し,それが観光資源ともなっている。そのため,蛍桜保存会のような取り組みは,コストの面からも,観光の面からも,不利益が多いと考えられる。したがって,松尾峡のゲンジボタルをこのまま残し,それを活用しつつ,周辺の在来ゲンジボタルに対する影響をどう抑えていくかが重要となる。

例えば,町全体のゲンジボタルを一括して保護するのではなく,移入ゲンジボタルと在来ゲンジボタルを区別して保護し,両者の生息地の間には,あえて保護しない一種の緩衝地帯を設ける。このようにして別々に保護された移入と在来のゲンジボタル集団は,観光客に比較して観賞してもらうこともできる。

以上の提言に関しては,草桶氏もほぼ同意見である。

3.提言に対する辰野町の反応

1の記録に残す点については,辰野町教育委員会が多少なりとも理解を示してくれた。さらに,3の移入と在来の両集団を観賞してもらうという案については,辰野町の信州豊南短期大学の森本健一教授からも賛同を頂いた。

しかしながら,残念なことに,町のゲンジボタルの保護,活用を実際に担当している産業振興課からは全く同意が得られていない。したがって,以上のような提言は検討課題にもなっていないのが現状である。

その理由のひとつとして,また最大理由として,これまで長期間,町役場が移入の歴史に触れずに,自然のゲンジボタルを保護し増やしてきたかのように宣伝し,観光に活用してきたという事情がある(辰野町観光協会ホームページ参照)。これは辰野町独特な問題と言える。

また,辰野町役場は以下のように考えてきたし,今もそう思っている。
「ゲンジボタル移入は松尾峡だけであり,そこから町内他地域に人為的に移出しなかったから,周辺の在来ゲンジボタルには影響しない」
しかしこれは,ゲンジボタルの移動性や辰野町の自然(地理的位置,水系や水田分布)を考えると明らかな誤解であり,長い目で見ると周辺の在来ゲンジボタルに影響すると考えるべきだった。実際,移入ゲンジボタルが下流地域へ広がっていることは上述の通りである。

4.生物多様性基本法から見た辰野町の対応

1993年に,生物の多様性を包括的に保全し,生物資源の持続可能な利用を行うための国際的な取り決めとして,生物多様性条約(Convention on Biological Diversity)が発効された。わが国も同年には本条約を締結しており,それを受けて,2008年6月6日には生物多様性基本法も公布施行された。

同法では,基本原則として
(第三条 3) 生物多様性を保全する予防的な取組を行い,事業等の着手後においても生物多様性の状況を監視し,その監視結果に科学的な評価を加え,これを反映させなければならない(筆者要約)。
地方公共団体の責務として,
(第五条) 地方公共団体は、基本原則にのっとり、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関し、国の施策に準じた施策及びその他のその地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。
国の施策として,
(第二十四条) 国は、学校や社会における生物多様性に関する教育の推進、専門的人材の育成、広報活動の充実などにより,国民の生物多様性についての理解を深めるよう必要な措置を講ずる(筆者要約)。
地方公共団体の施策として,
(第二十七条)
国の施策に準じた施策の推進を図る(筆者要約)。
と記してある。

辰野町では,役場が移入ゲンジボタルを大量飼育しているにも関わらず,それが在来ゲンジボタルに与える影響の評価もせず,対策も取らず,生物多様性基本法に沿った生物多様性保全の責務を果たしていないのである。

この点に関連して,長野県大町市の牛越徹(うしこし・とおる)市長から,以下のようなメールを頂いた(2010年1月18日)。
「辰野町では,ホタル養殖に行政が関与するのであれば,在来種保護は一層重要。解決に時間がかかっても勇気を持って方向を転換すべきだ。」(内容は筆者要約)
私も牛越氏に全く同感である。

移入と在来のゲンジボタル集団を区別するための調査,およびそれらの保護や利用には,地域住民の協力が欠かせない。また,そのためには,在来種保護の重要性を地域住民にPRすることも必要である。これは,黒田大三郎氏(環境省自然環境局参与)が,2010年の第43回全国ホタル研究会全国大会の講演で強調したことでもある。

いずれにせよ,町役場は情報をオープンにし,移入の詳しい経緯を公に明らかにするべきである。その上で,辰野のゲンジボタル保護のあり方を,観光客を含め全国の人々から募ることも考えられる。これは,町にとって決して不利益にならず,むしろ種の保存という現代的な生物の課題に取り組む町であると宣伝できるだろう。

みなさんは,どう思われるだろうか?

ご意見,ご感想,さらには辰野における在来ホタル保護のアイデア,他地域における在来ホタル保護の実例や理念など,お寄せ頂きたい。